神戸地方裁判所 平成7年(ワ)1705号 判決 1999年4月28日
原告
新戸建男
外一五名
原告ら訴訟代理人弁護士
松重君予
同
小林廣夫
右復代理人弁護士
藤掛伸之
原告ら訴訟代理人弁護士
正木靖子
同
野澤涓
右復代理人弁護士
北村純子
原告ら訴訟代理人弁護士
松本隆行
同
大搗幸男
同
亀井尚也
同
山根良一
同
筧宗憲
同
増田正幸
同
鈴木尉久
同
都竹順一
被告
神戸市民生活協同組合
右代表者理事
笹山幸俊
被告訴訟代理人弁護士
奥村孝
同
石丸鐵太郎
同
堀岩夫
同
中原和之
同
堺充廣
主文
一 被告は、原告新戸建男に対し金一六四〇万円、同碓井三良に対し金一四〇万円、同江部穏に対し金一三八〇万円、同鎌田正巳に対し金二六〇万円、同河合謙二郎に対し金一三〇〇万円、同清水多賀子に対し金一一〇〇万円、同丹羽壽男に対し金二三四〇万円、同松本昭二に対し金六六〇万円、同南三代子に対し金三六〇万円並びに右各金員に対する平成七年五月一二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 前項の原告らのその余の請求並びに原告太田恭子、同小長谷武正、同近藤正人、同笹山茂治、同高瀬和子、同中正治郎及び同吉川常夫の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用中、原告江部穏、同清水多賀子、同丹羽壽男、同松本昭二及び同南三代子と被告との間に生じたものは、右原告らに生じた費用の一〇分の七を被告の、被告に生じた費用の一〇分の三を右原告らの各負担とし、その余は各自の負担とし、原告新戸建男、同鎌田正巳、同河合謙二郎及び同碓井三良と被告との間に生じたものは、これを二分し、それぞれを各自の負担とし、原告太田恭子、同小長谷武正、同近藤正人、同笹山茂治、同高瀬和子、同中正治郎及び同吉川常夫と被告との間に生じたものは右原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 原告らの請求
被告は、別表1ないし19記載の各原告に対し、それぞれ同表の各「請求金額」欄記載の各金員及び右各金員に対する平成七年三月二〇日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、被告との間で火災共済契約を締結しあるいは同契約を締結した者の相続人である原告らが、阪神・淡路大震災発生当日に発生した火災により右火災共済契約の目的物が焼失したとして、右各契約に基づく共済金の支払を請求した事案である。
二 争いのない事実等(証拠を掲記しない項の事実は当事者間に争いがない)。
1 (当事者)
(一) 原告らは、平成七年一月一七日の後記の阪神・淡路大震災(以下「本件地震」という。)発生当時、別表1ないし19(以下、これら全部をいうときは単に「別表」という。)の各原告の「共済の目的」の「所在」欄記載の各場所において、同各表「共済の目的」欄記載の各建物をそれぞれ所有ないし占有していた者である。
(二) 被告は、肩書地に主たる事務所を有し、事業の一つとして、共済契約者から共済掛金の支払を受け、共済契約者の火災等の事故の発生に関し、共済金の支払を約する火災共済事業を行っている(定款六四条四項一号)。
2 (火災共済契約の締結及び共済掛金の支払)
(一) 原告小長谷武正(以下「原告小長谷」といい、他の原告についても同様に氏で表示する。)及び同高瀬を除く原告らは、それぞれ被告との間で、別表の各原告関係分記載の内容の各火災共済契約を締結した。
(二)(1) 被告との間で、亡小長谷ますは別表9記載の内容の、同高瀬力は別表13及び14記載の内容の各火災共済契約を締結した。
(2) その後、亡小長谷ます及び同高瀬力は死亡し、原告小長谷が亡小長谷ます(同原告の母)の右契約上の地位を、原告高瀬が亡高瀬力(同原告の父)の右契約上の地位を、それぞれ相続により承継した。(甲G三、K三、弁論の全趣旨)
(以下、右(一)及び(二)(1)の各火災共済契約を「本件契約」、その各目的物である建物を「契約建物」、家財を「契約家財」、両者合わせて「契約物件」という。また、本件契約の締結について「原告ら」というときは、原告小長谷の関係では亡小長谷ますを、原告高瀬の関係では亡高瀬力を指すものとする。)
(三) 原告小長谷及び同高瀬を除く原告ら並びに亡小長谷ます及び同高瀬力は、右の各契約に係る共済掛金(別表の「共済掛金料」欄記載)をそれぞれ支払った。(弁論の全趣旨)
3 (地震の発生・契約物件の火災による焼失)
(一) 平成七年一月一七日午前五時四六分、北緯三四度三六分、東経一三五度〇三分、深さ約一四キロメートルを震源とするマグニチュード7.2の本件地震が発生した。(乙一五)
(二) 同日の午後二時ころ、神戸市東灘区魚崎北町<番地略>所在の株式会社サンタの倒壊店舗(木造スレート葺モルタル塗平家建・以下「サンタシューズ」という。)から出火して火災が発生し、これが拡大延焼して、契約建物(だだし、当時既に倒壊滅失していたかどうかについては争いがある。)を含む八五棟の住宅・店舗等の建物が全焼するなどの被害が発生した(以下、右火災を「本件火災」、その火災発生区域を「本件火災現場」という。)(甲一、証人田路和廣)
4 (免責条項)
被告は、その火災共済事業に適用される「火災共済事業規約」(乙二・以下「本件規約」という。)を定めているところ、それには次のとおりの規定がある。
(一) (火災の定義)
「『火災』とは、人の意思に反し又は放火により発生し、人の意思に反して拡大する消火の必要のある燃焼現象であって、これを消火するために、消火施設又はこれと同程度の効果のあるものの利用を必要とする状態をいう。」(二条の二第一号)
(二) (共済金を支払わない場合)
「この組合は、共済の目的につき火災等によって損害が生じた場合であっても、その損害が次に掲げる損害に該当するときは、一九条(共済金を支払う場合)の共済金を支払わない(二〇条一項)。
(5) 原因が直接であると間接であるとを問わず、地震又は噴火によって生じた火災等による損害(同項五号)」(以下「本件免責条項」という。)。
三 争点
1 本件免責条項の拘束力
2 本件免責条項の適用範囲(本件免責条項の解釈)
3 被告の本件免責条項による免責の有無
4 契約物件の本件火災前の消滅の有無、本件火災による原告らの損害の程度など
第三 争点についての当事者の主張
一 争点1(本件免責条項の拘束力)について
1 原告らの主張
(一) 共済商品は、文書によってその内容を特定するしかない商品であり、その特定の役割を果たしているのが本件規約であるところ、本件契約者がいかなる場合に共済金の給付がなされるか否かは、本件契約の内容としては核心的な部分であるので、本件免責条項は共済給付の範囲を画する重要な条項である。
一般に、契約者は、合理的な給付を得られることを期待して約款・規約の拘束力を承認しているのであって、このような合理的期待を超えた不意打ち的な条項は、契約者の認識可能性がない限り、契約の内容をなさないというべきである。
(二) しかし、原告ら契約者には、本件契約締結時には、本件規約書(乙二)は交付されておらず、本件規約の存在及びその閲覧請求権については何ら知らされなかった。
すなわち、本件契約の際に原告ら契約者に渡された書面は、次のものであった。
① 火災共済契約申込書(控)
② 同(市民生協用)
③ 同契約証書兼領収書
④ 課税所得控除火災共済掛金証明書
⑤ ご契約にあたって
しかし、本件契約者に最終的に交付されたのは、③ないし⑤の書面のみで、それには①②にある「定款」や「規約」の文言が一切出てこない。
したがって、被告は、本件契約者に対し、意図的に本件規約の存在を知らしめないようにしたのである。
(三) 右⑤の「ご契約にあたって」には、「戦争その他の変乱または地震、噴火によって生じた損害」と記載されており、その記載は、本件規約二〇条の「原因が直接であると間接であるとを問わず、地震又は噴火によって生じた火災等による損害」という記載と大きく相違している。
そして、右⑤の文言では、地震によって直接生じた火災(すなわち火元火災)による損害のみを免責の対象としているとしか理解できない。万一、右⑤の文言がそれ以外の火災の場合も含みうると解されるとしても、約款の作成者不利の解釈原則により、拡大された解釈は採用されるべきではない。
(四) そして、被告が、本件規約と異なった文言の右⑤を作成し、かつ、本件規約の存在を知らしめないような態様で自ら右⑤のみを契約者に交付してきた事実からして、信義則上も、本件免責条項による免責の効力は、右⑤の「ご契約にあたって」に記載されている「戦争その他の変乱または地震、噴火によって生じた損害」、すなわち、地震によって直接生じた火災(火元火災)による損害についてしか及ばないものと解釈されるべきである。
2 被告の主張
(一) 本件規約は、被告の組合としての規約の一部であり、組合員の知・不知に関わらず組合員全員にその効力が及ぶ。したがって、原告らが被告の組合員である以上、本件規約の本件免責条項は、原告らの知・不知に関わらず、その効力は原告ら全員に及ぶ。
なお、本件免責条項は、損害保険会社が使用する火災保険約款の地震免責条項と類似するが、この地震免責条項が有効で、火災保険加入者の当該約款の知不知に関わらず契約者を拘束するものであることは確立した判例であるところ、このことは、火災保険契約よりも団体性の高い本件契約についても同様にあてはまる。
(二) 本件契約の際に作成された書類等について
(1) 被告の火災共済契約の書式は、① 火災共済契約申込書(控)、② 火災共済契約申込書(市民生協用)、③ 火災共済契約証書兼領収書、④ 課税所得控除火災共済掛金証明書、⑤ ご契約にあたって(しおり)の五部が一式のものであり、これがビニール袋に入れられてセットされている。契約にあたって、右①の申込書に被告の担当者が記入し、それが右②以下の書類に複写される仕組みとなっている。記入後、右の①と②を被告が持ち帰り、③、④、⑤の書類はビニール袋に入れて契約者に渡される。したがって、右⑤のしおりは、共済掛金の支払がなされたとき必ず契約者に交付される。
右③の「火災共済契約証書兼領収書」には、「貴組合の定款及び共済事業規約の記載の内容を了承し」との文言はないが、右①の「火災共済契約申込書(控)」には右の文言が記載されており、契約者はその説明を受け、それに署名捺印するのであり、本件規約の存在は隠しようがないものである。
(2) 右⑤のしおりに記載されている共済金支払原因たる「火災」については、一般的に火災が火元火災と延焼火災の両方を含むものである以上、それについて別段の定義規定がない以上、当然右の両者を含むと解すべきである。
(3) そして、被告の定款あるいは本件規約は、厚生省が示した規約例に準拠し、兵庫県知事の認可を受けて公開されているものであり、被告は別段それを隠して原告らと契約したものではない。また、右⑤のしおりの中には、共済金の支払ができない事由の一つとして、「戦争その他の変乱または地震、噴火によって生じた損害の場合」が記載されており、右文言は基本的に本件免責条項と齟齬はないから、本件免責条項に原告らが拘束されるとしてもなんら信義則に違反するものではない。
二 争点2(本件免責条項の適用範囲〔本件免責条項の解釈〕)について
1 被告の主張
本件免責条項については、以下のように解釈すべきである。
(一) 本件契約は、共済契約であり、社会的経済的地位を共通する組合員が、相互に掛金を拠出しながら、その資金によって組合員の誰かに共済事故が発生した場合にその経済的損失を補填するためのものであって、契約当事者の一方が偶然の事故によって生じる損害を填補することを約束し、他の当事者がこれに報酬を与えることを約する保険契約ではない。
また、被告は、組合員の相互扶助組織である協同組合で、剰余金が発生した場合においても異常準備金以外の利益が被告組合の中に留保される仕組みになっておらず、営利を本質とした損害保険会社とその本質において全く異なっている。
しかも、被告の組合員は神戸市に住居を有する者に限っており、その地域は極めて限定されている。
そして、被告の場合、共済掛金で共済金をまかなうのであるから、収支が均衡していなければ共済事業は成り立たないところ、火災共済掛金の算出においては、極めて簡便な方法をとっており、地震・噴火・戦争・変乱を原因とする火災等、通常と異なる火災を除外して行い、それによって算出される共済金一〇万円あたりの単位共済掛金は、耐火専用住宅で七六円であり、一般の損害保険会社による火災保険の掛金一五九円の約半額となっているにすぎない。また、異常準備金は、満額でも通常の年の約3.72年分以上の共済事故が発生した場合、もはやその支払に耐えられない仕組みとなっていて、被告の平成六年度末の異常危険準備金の額は四億五三四七万四九一九円にすぎない。さらに、被告・尼崎市民・西宮市民・姫路市民各共済生活協同組合など一八の共済協同組合は、全国共済生活協同組合連合会を組織し、再共済制度を作って危険の分散を行っているが、これらの各共済協同組合はいずれも弱小であり、右連合会の資産総額は三八億円、契約準備金を除くとわずかに一九億円である。
これに対し、本件地震によって火災共済契約組合員に発生した火災事故は一六五九件にのぼり、それに関して火災共済金額の総額を推計すると約一二八億円にものぼるものであって、通常の年の共済金支払額年一億五〇〇〇万円で除すと約八五年分に相当し、到底支払える状況にない。
また、被告は、火災共済契約組合員で本件地震に遭遇し何らかの被害を受けた者全員に対し、組合員互助の精神から、多額の借入を行って見舞金を支払ったが、その総額は一二億八三二六万九五一〇円で、その結果、被告は、平成八年三月三一日現在七億七〇八七万一一二三円の欠損となってしまい、これは火災共済掛金収入が約三億円の被告組合にとって極めて多額の欠損で、その解消には極めて長期間かかることが予想される状況となっている。
なお、損害保険会社の保険に関しては地震保険が運用されているが、この地震保険の保険料率は、一四九七年から一九七八年までの四八五年間の三四九例の地震を基礎に損害額が想定されて保険料率が算出され、さらに、そのままでは保険料が高額になるため、保険金額に上限を定め、保険目的物を限定し、政府への再保険制度によってようやく成り立っている。
このような各種の要素や状況からみて、本件免責条項にいう「原因が直接であると間接であるとを問わず、地震又は噴火によって生じた火災等による損害」には、単純な地震動を原因とする出火による損害のみではなく、地震が直接、間接に影響を与えたことによって発生し、又は拡大した火災による損害も含まれるものと解すべきである。
(二) また、本件免責条項の「火災」という文言は、本件規約中の他の規定で用いられている「火災」の文言と同一に解釈すべきところ、本件規約二条の二第一号は「『火災』とは、人の意思に反し又は放火により発生し、人の意思に反して拡大する消火の必要のある燃焼現象であって、これを消火するために、消火施設又はこれと同程度の効果のあるものの利用を必要とする状態をいう。」と定めており、同条項の「火災」には、火元火災だけでなく、延焼火災をも含むと解される。
さらに、「火災」の文言は、一般的にも、火元火災だけではなく延焼火災をも含んだ概念である。そもそも、火災とは、出火とコントロール不可能となったその延焼であり、巨大地震が発生した場合、地震は火源から着火物への着火、そして火災へと転じ、大火に拡大するという各場面に関わっている。そして、地震の際に火災による損害が異常に拡大するのは、地震による火源の発生あるいは火源から着火物へ着火すること(火元火災)に限るものではない。むしろ、地震は、発生した火災の延焼に関わることの方が多く、具体的には、地震によって多数の火災が同時に発生することやモルタル等耐火物の剥離、出火の放置などから延焼の要因が強まり、さらに地震による混乱から、初期消火がされず、火災の通報、覚知が遅れ、また、同時に多数発生する火災に対応するだけの公設の消防力の絶対的不足や道路上への建物の倒壊等による交通阻害、断水による消火栓の使用不能といった、火災現場での消防力の不足などから、消火の要因が弱まることなどが挙げられる。
そこで、本件免責条項の「火災」も、火元火災だけではなく、延焼火災も含まれると解すべきであるから、本件免責条項の「原因が直接であると間接であるとを問わず、地震又は噴火によって生じた」との文言は、火元火災のみならず延焼火災にもかかることになる。
したがって、延焼火災についても、その拡大が地震を直接又は間接の原因としている限り、本件免責条項によって被告は共済金の支払義務を負わない。
(三) なお、新潟地震に関する東京地裁昭和四五年六月二二日判決(下民集二一巻五・六号八六四頁・以下「東京地裁判決」という。)は、昭和五〇年四月一日に改定される前の損害保険会社の普通火災保険約款(以下「旧保険約款」という。)の地震免責条項の解釈について判断したものであるが、旧保険約款は、「原因が直接であると間接であるとを問わず、地震又は噴火に因って生じた火災及びその延焼その他の損害」として、「火災」(火元火災)と「延焼」(延焼火災)とを区別して規定しており、これを区別していない本件免責条項と同一内容ではないから、東京地裁判決において示された解釈は本件免責条項には妥当しない。
2 原告らの主張
本件免責条項については、以下のように解釈すべきである。
(一) 被告が火災共済事業を「保険」とせず、「共済」と呼称しているのは、保険業法において「株式会社又は相互会社」でなければ保険事業を行うことができないとされているためにすぎず(保険業法六条、七条)、このため、被告を含む協同組合の行う火災共済事業は、その事業内容が火災保険と同種のものであっても、「共済」という呼称を使わざるをえないからにすぎない。
ただ、共済は、① 組合員相互のためのものであるから募集経費がほとんど不要であり、その分、保険会社の保険と比べ掛金が安くなっていること、② 相互の連帯感が強いため、リスクも比較的安定しており、剰余金が出れば相応の割り戻しが行われること、③ 共済金額の上限が定められているなどの点において、共済の特色を有しているにすぎない。
さらに、保険と比較すると、共済は組合員相互のためのものであることから募集経費はほとんど不要であるはずなのに、被告においては、管理費及び諸経費が火災共済部門の共済掛金総額の五八パーセントから八五パーセントを占めており、そのうちの加入促進費(募集費)が毎年七〇〇〇万円から七七九〇万円もの金額となっており、これは管理費及び諸経費の三一パーセントから三四パーセントを占めている。
したがって、被告の火災共済事業は、実質的には協同組合保険といえるものである。
また、被告の火災共済事業においても、損害保険において保険業法に基づいて積立てが要求されている異常危険積立金制度と同じ趣旨で異常危険積立金(責任準備金)の積立てがなされている。
なお、被告は、被告の火災共済事業の仕組みからして、通常の年の約3.6年分以上の共済事故が発生した場合、その支払に耐えられないと主張するが、支払うだけの資力がないことと法律上共済金の支払義務が発生することとは全く別個の問題であるし、被告の火災共済事業については、全国共済生活協同組合連合会に再共済されており、全国的規模に及んでいるのであるから、将来的に被告の経営が行き詰まるということは考えにくいというべきである。
(二) 損害保険会社の現行の普通火災保険約款(以下「現行保険約款」という。)の地震免責条項は、概ね「地震に因って生じた損害(これらの事由に因って発生した火災が延焼又は拡大して生じた損害、及び発生原因の如何を問わず火災がこれらの事由によって延焼又は拡大して生じた損害)」との記載になっている。
これは、① 地震によって生じた火元の火災による損害、② 地震によって生じた火元の火災が延焼又は拡大して生じた損害、③ 発生原因の如何を問わず火元の火災が地震によって延焼又は拡大して生じた損害の三類型の損害を含むものである。
ところで、旧保険約款の地震免責条項は、「原因が直接であると間接であるとを問わず、地震又は噴火によって生じた火災及びその延焼その他の損害」という規定であったが、東京地裁判決において、右旧保険約款にいう「火災」とは、延焼でない火災、すなわち火元の火災のみを指すものと解釈し、そのうえで、「延焼」については地震によって生じた火元火災が延焼した場合を指すとして、右地震免責条項は、右三類型のうち①と②についてのみ適用されるとの解釈がなされたことから、これを契機に、昭和五〇年四月一日に、地震免責範囲を広げるように現行保険約款の地震免責条項に改定されたのである。
(三) 本件免責条項は、右のような火災保険約款の免責条項改定の経緯にも関わらず、昭和三九年に規約を改定した後は、それがそのまま維持されているのであり、本件免責条項の適用範囲を被告主張のように広く解することはできない。
三 争点3(本件火災による損害についての免責条項の不適用)について
1 被告の主張
本件火災が発生し、拡大延焼したのは、本件地震が原因であり、したがって、本件火災による損害については本件免責条項が適用される。その理由は以下のとおりである。
(一) 本件火災の発生・拡大の経過
(1) 本件地震の発生
本件地震は、地殻の浅いところで発生した典型的な都市直下型内陸地震であり、その揺れは、被告の事業地域である神戸市周辺において観測史上最高の震度七の激震あるいは超震度七と測定された。
本件火災現場周辺は、震度七あるいは超震度七が記録された地域に属するか、あるいはそれに近接する場所に位置し、神戸市東灘区魚崎北町四丁目所在の魚崎墓地は五六八ガルと推測されている。なお、四〇〇ガル以上が震度七とされ、それは家屋の三〇パーセント以上が倒壊する地震動であるから、本件火災現場周辺の地震動が地震加速度の面からも極めて強かったことが分かる。
(2) 本件地震による被害
以下のとおり、本件火災が発生した平成七年一月一七日当日は、本件地震の影響により、神戸市域は社会的に大混乱に陥り、消防施設を含め都市の機能は完全に麻痺し、出火しやすく、一度出火すると火災へ転じ大火へと拡大する状況にあった。
① 本件地震により、神戸市域において、合計六万七四二一棟の建物が全壊し、五万五一四五棟の建物が半壊した。東灘区での建物の被害は、一万三六八七棟の建物が全壊し、五五三八棟の建物が半壊し、全壊率は20.5パーセントを超える。
したがって、東灘区は瓦礫の山と化しており、一度出火すると広く燃え広がる状況となっていたといえる。
② 神戸市域においては、本件地震直後から火災が多発し、その後平成七年三月六日までの神戸市における火災は、全焼七一一九棟、半焼三三一棟で、そのうち東灘区では、全焼三二五棟、半焼五四棟であった。
本件地震当日の建物火災発生状況は、神戸市において一〇九件、そのうち東灘区においては一七件であるが、これは神戸市における平成六年の一日あたりの火災発生件数の90.4倍もの火災が発生していることを意味し、東灘区のそれの一七〇倍もの火災が発生していることを意味する。また、本件地震当日の火災による焼損面積は、神戸市において合計七九万一九七四平方メートル、そのうち東灘区では合計三万二二六七平方メートルに上り、これは、神戸市における平成六年の一日あたりの焼損面積の三万一五五二倍、東灘区のそれの七七五六倍にあたる。
したがって、本件地震によって極めて多数の火災が発生し、また、広範囲に燃え広がったことは明らかである。
さらに、神戸大学室崎教授の報告や神戸市消防局の調査結果などでは、本件地震後発生した火災のうち、原因の判明した約半数が電気関係であったと報告されている。
(3) 本件火災の発生
① 本件火災は、本件地震当日の午後二時ころ、サンタシューズから出火したものであるが、出火原因は不明である。もっとも、火元のサンタシューズは全壊しており、内部は商品の靴等が散乱していたし、建物南西部に配電盤があり、それが出火場所の方に倒れかかっていたので、出火場所に電気配線があったことになる。そこで、サンタシューズの建物の配線に地震による建物の倒壊で無理が生じ、何らかの異常が生じている可能性は十分ある。
② この点、消防当局は、電気関係からの出火については、未だ停電中であることのみを理由に、配線等の短絡又は電気器具等からの出火は考えられないとしているが、関西電力が作成した「阪神淡路大震災復旧の記録」によれば、当日午前八時四五分以降は通電が再開されていたことになっており、本件火災現場を含む地域の配電用変電所である甲南変電所は、当日の午前八時四五分から午前九時の間に復旧している。
したがって、電気は配電先の各家庭に流れるので、本件火災が発生した当時、サンタシューズの屋内の配線にも電気は流れていたと考えざるをえない。
なお、配電先に地落事故等があれば、開閉器が作動して一旦送電は停止されるが、甲南変電所の供給先は網の目のように配線され、自動区分開閉装置によって細かく分割されており、自動的に事故区間を特定して健全な区間には再送電する。そして、本件火災現場においては電柱は倒壊しておらず、甲南変電所より従来の配電用の電線(仮にそこが故障しているのなら健全な電線)を通ってサンタシューズに送電がされていたはずである。
③ そして、電気は建物が倒壊しても漏電等がなければ屋内まで流れるはずであるから、ブレーカーまでの屋内配線には流れる。本件火災は、このプレーカーが存在していた場所から発火しているのである。したがって、本件火災が電気関係から出火した可能性を否定することはできない。
なお、出火当時、サンタシューズの建物内には大型消化器が二本設置されており、株式会社サンタの代表取締役である田路和廣(以下「田路」という。)がサンタシューズの倒壊建物内にいたが、田路は、建物が全壊していたため建物内の移動はままならず、本件火災の出火を、火柱が上がり煙が立ち込めるまで気がつかなかったので、早期に発見できず、初期消火も全くできなかった。
(4) 消防活動経過
① 消防当局が最初に本件火災を覚知したのは、本件火災発生当日の午後二時五分ころで、東灘消防署において、山根消防指令が黒煙を発見したことによる。そこで、小型ポンプ車東灘3が現場に赴いたが、消火栓が断水で使用不能であったので、一〇〇トンの水を確保した防火水槽(一〇〇トン型東部四六―二九番。以下「本件防火水槽」という。)のある川井公園南側に部署したものの、本件防火水槽の配管が損壊していたため揚水が不可能であり、本件火災現場の東側約一五〇メートルにある天上川からの取水を試みたが、水深僅かに一ないし二センチメートルのチョロチョロ程度の水量しかなく、取水は極めて困難であった。
② 同じく消火に赴いた山本消防指令補は、近藤方北側敷地内に井戸があるのを知り、ポンプを持っていなかったので、小型動力ポンプとホースを本署へ取りに帰り、放水を試みたが、三ないし四分で水がなくなり、数度試みたが、効果なしと判断し、そこからの取水・放水を中止した。
③ そもそも、最先着した人見消防指令が現場に到着した時は、既にかなり炎は上がって激しく燃えており、火勢は極めて強く、四囲に拡大しようとしていたので、人見消防指令は部隊の増強を要請したが、多数の火災の同時発生等により増強部隊は東灘1小隊のみで、その到着後、火災現場から東へ五〇〇メートルの福池小学校のプールから取水をするようホースの延長作業を行ったが(五〇〇メートルを中継するのには中継用の消防車が二台必要)、取水するに至らなかった。
結局、消防水利は、僅かに流れていた天上川をせき止めて、そこから吸水したものの、放水開始に至るまでの時間は通常時とは比較にならないほどかかり、消防自動車が現場に到着してもすぐには消火にあたれず、さらに天上川をせき止めた水で放水を開始したものの、水量が少なく、充分に放水することもできなかった。
そこで、本件火災現場での放水の筒先は東灘1小隊と小型ポンプ車東灘3の四つしか確保できなかったうえに、水量の関係から、合計二線しか放水できなかった。とりあえずの火点包囲態勢がとれたのは、本件火災発生後数時間経過した夜になってからであったが、火勢は拡大の一途をたどり、約二〇時間燃え続け、翌朝の午前一〇時にようやく鎮火した。
(二) 本件火災の地震起因性
(1) 本件火災は、本件地震の強烈な地震動によって全壊状態となったサンタシューズの建物内部から、地震後わずか八時間後に発生している。このような場合、当該火災は地震による火災と事実上推定されなければならない。なぜなら、本件地震のような大地震の場合、社会は混乱をしており、その出火の原因を究明をすることは事実上不可能であって、それゆえ出火原因は不明で地震による出火とは認められないとすれば、地震免責条項は結果的に有名無実化するからである。
したがって、出火について、地震以外を理由とする特段の事由のないかぎり、巨大地震の際に発生した火災は、当該地震による火災と認定すべきである。
(2) また、本件火災の場合、火元であるサンタシューズの建物は地震動によって全壊しており、それに伴って建物内の配線あるいは電気器具の一部に何らかの異常が生じていたことが十分考えられ、通電とともにその異常によって電気製品あるいは短絡した電線が発熱し、その熱あるいは火花が、靴や引きちぎれた木材、紙類に燃え移り、あるいは当時漏洩していたガスに引火し、火災に至ったものと考えることができるものであり、その意味でも、本件火災は本件地震を原因とする火災であると事実上推定されるものである。
(3) なお、本件火災については、タバコの不始末等の特定の失火は全く考えられず、さらに放火と認定することもできず、その他の特段の出火の原因が考えられない。
(4) よって、本件火災が阪神・淡路大震災を原因とする火災であるとの事実上推定を覆すことはできない。
(三) 本件火災の延焼拡大の地震起因性
本件火災が拡大延焼したのは、以下のとおり本件地震を原因とするものであり、原告らが主張する本件火災による損害は、いずれも本件地震を直接あるいは間接の原因とする火災による損害といえる。
(1) 火元建物の全壊と初期消火不能
火元のサンタシューズは木造の建物で全壊しており、内部は燃えやすい壊れた木材や靴類が散乱し、断水していたため、容易に火災が拡大し、かつ、初期消火がはかれなかった。当然のことであるが、火災が早期に発見され、初期に消火にあたると大きな火災へとは拡大しないが、本件においては、全壊した建物の中での出火であり、田路は火元に近づけなかった。通常ならば、サンタシューズは本件火災当日(月曜日)の午後二時は営業中のはずで、田路は、サンタシューズ建物内の出火を容易に発見し、備え付けられた大型の消化器を利用して、直ちに消し止めることができたはずである。
(2) 火災の覚知の遅れ
火災が発生した場合、通常であれば、一一九番通報がなされ、消防本部管制室が、最適のルートを示して地元消防署に火災出動の指令をするが、本件火災の場合、消防本部と地元消防との連絡は途絶え、火災出動指令が出されなかった。
本件火災については、東灘消防署の山根消防指令が黒煙を発見して出動指令をし、また、山本指令補は自ら黒煙を発見して現場に駆けつけている。黒煙発見とは、火災が相当大きくなった状態であり、この黒煙発見まで、消防当局は本件火災を覚知できなかった。
(3) 消防ポンプ車の到着の遅れ
本件火災を遅れながらも自ら覚知した消防当局は、直ちに出動指令をしたものの、消防ポンプ車の現場到着は大幅に遅れた。
現場最先着であった小型ポンプ車(東灘5)は、本庄町で検索活動をしていたが、本署より本件火災現場に向かえとの指令を受け、現場に向かうも、道路の渋滞、道路上への建物の倒壊、生き埋め被害者の救助要請等によって、本件火災現場への到着が遅れたのである。
(4) 火災の同時多発
本件火災発生当日の午後二時ころは、東灘区において七件の火災が発生炎上中であり、そのうち三件は焼損面積数千平方メートルに及ぶ大火であった。したがって、本件火災が発生した当時、すべての消防ポンプ車は出払っていた。
さらに、火災の同時多発は隣接区及び隣接市に及び、他区・他市の消防の応援を求めることができなかった。最初の他都市の応援は、午後七時四〇分になって到着した東京消防庁の救助隊(消防ポンプ車ではない)で、その他に、近隣他区・他都市の応援の消防は全くなかった。また、東灘消防団の魚崎分団は、他所で発生した火災現場で消火活動に当たっていたため、本件火災現場においては活動できなかった。
(5) 消防車等の機材の不足
火災が同時に発生したため、消防車等の圧倒的な不足があった。
本件火災が発生した当時、すべての消防車が出払っており、ようやく消火に駆けつけえたのは、後刻一台応援があったものの、結局、小型ポンプ車二台のみであった。
一般的には、火災を消火するためには、火点包囲陣型をとり、四囲にポンプ車を配置して四囲から放水するという手段がとられており、最低四台のポンプ車が出動することとなっているが、本件火災においては、当初到着したポンプ車は二台のみであり、しかも二線放水しかできず、火点包囲陣型をとりえず、延焼につながった。
さらに、消防の出動には、火災の規模に合わせて一次出動・二次出動・三次出動の出動態勢をとるのであり、本件火災のような大規模な火災の場合、三次出動までが取られなければならないのであるが、そのような態勢はとうていとれなかった。
(6) 消火栓、防水水槽の使用不能
① 消防当局は、各所に防火水槽を設置し、消火栓を細かく配置しており、東灘区内各所に三一基の公設防火水槽及び二三一一基の公設消火栓が設置され、本件火災現場付近にも多数の消火栓が設置されていたが、断水のためすべて使用不能であり、本件火災現場から、道路を挟んですぐ南西に位置する川井公園の地下(本件火災の火元であるサンタシューズから直線距離で約二〇〇メートル)には、本件防火水槽も設置されていたが、本件防火水槽は、地震により配管設備が破損したため、揚水が不能であり、消火活動に利用できなかった。
② なお、燃え盛る火災現場において、地面の下約三〇センチメートルのところに隠された本件防火水槽の蓋を捜し当て、掘り出す作業をするのには、相当の人手と時間を要するものであって、そのようなことをしなかったからといって、本件地震発生という危急時において、これを消防当局の不手際と責めることはできない。
したがって、消防当局が、本件防火水槽のマンホールを土の下から掘り出そうとしなくとも、これをもって、本件火災の延焼は人災で地震と因果関係はないとすることはできない。
③ そこで、消防署員はとりあえず近隣の井戸の水を利用することとし、小型ポンプを本署に取りに帰り放水を行ったが、消火活動の着手に遅れ、さらに、井戸の水はすぐに枯れてしまい、消火活動に利用できなくなった。
さらに、本件火災現場から東約一五〇メートルの天上川から取水したが、前記のごとく、その水量は非常に少なかったので、せき止めなければ取水できず、そのせき止め作業とホースの延伸に手間取り、その結果、消火活動の着手に遅れ、さらに、取水できる水の量も極く僅かであり、十分な消火活動を行えなかった。
④ したがって、本件地震によって、消防水利が壊滅し、水利の面からも充分な消防態勢がとれなかったといえる。
(7) 周辺建物の倒壊
さらに、本件火災は、本件地震により建物が倒壊していたため、延焼が容易な状態となっていた。すなわち、道路は一般的には防火線になり、道路幅によっては、道路で火災が焼け止まることがよくあるが、本件地震によって、建物が道路上に倒壊して道路の防火機能を阻害してしまった。さらに、建物の屋根瓦あるいはモルタル壁面は防火機能を有するものであるが、本件地震によって、屋根瓦がめくれ上がり、モルタルがはげ落ち、さらに、倒壊によって、耐火機能はなくなり、あたかも薪を積み上げたような状態となり、飛び火等により極めて容易に延焼する状況となっていた。
(四) 以上のとおり、本件火災が発生し、拡大延焼したのは、本件地震が原因であるから、本件火災による損害については本件免責条項が適用され、被告は右損害については共済金支払義務を負担しない。
2 原告らの主張
仮に、本件免責条項が被告主張のような意味内容のものであるとしても、本件火災による原告らの損害については本件免責条項は適用されない。その理由は、以下のとおりである。
(一) 本件火災は、本件地震によって発生したものとはいえない。
(1) 本件地震の発生直後から、神戸市内では同時多発的に火災が発生したが、地震発生から時間の経過とともに発生件数は激減しており、火災の発生に対する地震の因果力は急速に弱まった。
すなわち、本件地震当日には、地震直後の午前五時四六分から午前六時までのわずか一四分の間に、その日に発生した火災件数一〇九件の約半数に該当する五四件の火災が発生したが、午前六時以降は火災発生件数が激減し、午前六時からの一時間に一〇件、午前七時からの一時間に五件、午前八時からの一時間に一〇件、午前九時以降の一五時間に三〇件(一時間平均二件)となっている。
この点、本件火災は、本件地震から八時間半以上経過した午後二時ころ発生した火災であり、右のように時間の経過に伴い火災発生件数が急速に減少した状況、特に午後九時以降は一時間に二件しか発生しなかった点からみて、本件地震と本件火災発生との間に因果関係は推定されない。
(2) なお、本件火災現場の周辺地域へは、本件地震の発生と同時の午前五時四六分に送電が停止され、同地域への送電再開は、配線を管理する変電所その他関連施設が復旧した後の平成七年一月二〇日午後五時五九分である。これによれば、本件火災発生当日の午後二時前後には、右地域への送電は全くなされていない。
仮に、右時点で送電がなされたと仮定しても、関西電力は、配電柱(変圧器)が倒れていると変電所がそれを感知して直ちに送電をストップするシステムを採用しており、本件火災発生当時、本件火災現場付近で数本の配電柱が倒壊していたことは公知の事実である。
したがって、甲南変電所に一番近くの自動区分開閉装置が設置されていたことが明らかな電柱「横屋22西1」の開閉装置が働き、それを甲南変電所が感知して送電をストップさせていたはずである。
(3) 以上から、サンタシューズ内に電気が流れ、それが本件火災の発火原因となったことはありえない。
(二) 本件火災は、人的要因により消火ができずに延焼拡大していったものであり、その延焼拡大は直接・間接に地震によって生じたものではない。
(1) 神戸市の防災体制の不備
神戸市は、防災対策を楽観視した結果、例えば西宮市との比較において、消防自動車の消防団への配備、防火水槽の設置等で劣っている。その結果は、神戸市と西宮市の本件地震後の火災状況の比較でも明らかである。
(2) 本件地震後の火災の鎮火状況
本件地震当日に神戸市内で発生した一〇〇件以上の火災も、時間の経過に伴って鎮火が進み、その日の午後四時までには約五割が鎮火しており、時間の経過とともに被告が主張するような火災の同時多発状態は大幅に解消されていた。また、本件地震発生後一〇日間に神戸市内で発生した建物火災一五七件のうち、本件地震当日午前六時までに全件数の三二パーセントにあたる五一件の建物火災が発生し、右時間内の火災による建物焼損延べ床面積は約五一万四〇〇〇平方メートルで、建物焼損延べ床面積全体の六三パーセントを占めている。そして、右午前六時までに発生した火災一件あたりの焼損延べ床面積は約一万平方メートルであるのに対し、午前六時以降に発生した火災全体では、一件あたりの焼損延べ床面積は約五五〇〇平方メートルと半減しており、本件火災を含む一握りの異常な火災を除けば、一件あたりの焼損延べ床面積は激減している。
これに対し、本件火災は、発生から鎮圧までの時間が約二〇時間、焼損延べ床面積が六五一〇平方メートルとなっている。
本件地震後に発生した大半の火災が当日中に鎮火され、時間の経過とともに消防力が回復していた状況の中で、本件火災が地震後八時間も経過した後に発生したにもかかわらず、右のような大規模な延焼となったこと自体、本件地震後の火災として異常であり、これには地震以外の何らかの延焼要因が大きく関与していたことが事実上推定できる。
(3) 本件火災現場の消火活動について
① 本件火災現場から、直線距離で約二〇〇メートルの川井公園の地下には、一〇〇トンもの水を確保した本件防火水槽があり、右防火水槽に設けられた直径九〇センチメートルのマンホールの蓋を開ければ、ホースにより容易に取水できたはずである。
それにもかかわらず、現場に駆けつけた消防職員は誰一人右マンホールを探そうともせず、本来の採水口(消火栓)から取水できないという理由だけで、その利用を断念した。
しかし、右マンホールの位置等は、神戸市消防地水利規定により備えられていた消防署の管理台帳添付の「見取図」と「詳細図」に明示されており、右規定一〇条(1)は、毎月一回以上水利の所在・使用上の障害又は故障の有無を調査(一般調査)することを各消防署に義務づけている。そこで、右マンホールについても、右一般調査時に所在を確認し、かつ、開蓋の障害の有無等をチェックしていたはずであり、東灘消防署員は当然その位置等を理解していたはずである。しかも、右マンホールの直近には水量確認のための点検口が地表に出ているのであるから、それを目印に容易にマンホールの位置は確認できたはずである。
ちなみに、本件防火水槽を使用すれば、二線放水で約一〇〇分、四線放水で約五〇分放水できたのであるから、火元のサンタシューズ以外の建物への延焼を防げた蓋然性が極めて高かった。
② 本件火災現場付近には、原告らが確認しているもので七個もの井戸があり、これらの井戸のうち、近藤方の井戸は使用されたが、それ以外の井戸は、原告ら住民が消防士に使用するよう要求したにもかかわらず、使用されなかった。なお、これに対し、サンタシューズ西側の延焼現場においては、井戸水を使用し、付近住民のバケツリレーによって消火に成功している。
③ 本件火災の消火活動にあたった消防署は、本件火災現場付近を流れる天上川の水の消火活動への使用を一旦しないとしていたが、原告らがその使用を強く要求した結果、消防車の到着後約一時間半も経過した午後三時半ころに、ようやくその使用を決定した。
その結果、本件火災は、この天上川の水を使用した消火活動(四線放水)がなされたことにより鎮火に至ったのであるが、これは天上川に本件火災を消化するのに十分な水量があったということを示すもので、実際、当日の天上川には人間の足首あたりまでの深さに達する程度の水量があったのであり、それは、ホースで二階建ての建物の屋根を越えるくらいの圧力をかけられるだけの水量であった。
したがって、仮に右消防署が当初から天上川の水を消火に使用していれば、本件火災の延焼拡大を未然に防ぐことができたはずである。
④ 結局、消火栓の使用不能など、本件地震による消防力の低下があったとしても、本件火災にあっては、延焼拡大を防止するため様々な水源を確保して消火することができたはずであったのであり、それにもかかわらず適切な消火活動がなされなかったため、本件火災の延焼が拡大したのである。
(4) なお、地震と同時に多発的に火災が生じたような場合はともかく、それ以外の消防車の到着が遅れたといった人為的な事柄は、本件免責条項の免責事由に考慮されてはならないというべきである。なぜなら、右のような人為的事由が逐一地震免責の事由に考慮されるならば、因果関係は際限なく認められ、本件免責条項にはなんら歯止めがないことになり、被告は、本来想定している以上の免責を得ることができ、長らく共済掛金を支払い続けてきた共済契約者の犠牲において、被告が不当に利する結果となり、妥当ではないからである。
四 争点4(契約物件の本件火災前の消滅の有無、本件火災による原告らの損害の程度など)について
1 原告らの主張
(一) 契約物件の本件地震による被害
原告らの各契約物件についての本件地震による被害は、次の物以外はなかった。
(1) 原告碓井契約分
契約建物については、一階応接間が倒壊し、また二階物干し場が直下の台所・土間に落下したのみで、それ以外の部分は倒壊せず、契約家財については、一階応接間と一階台所に存した家財の一部は壊れたが、その他の部屋の家財は壊れずに残った。
(2) 原告小長谷契約分
契約建物については、二階部分が一階に崩れ落ち、一階北東のリビング兼台所を除いて全壊状態であった。
(3) 原告鎌田契約分
契約建物に損傷はほとんどなく、わずかに北側一階部分の外壁にクラックが数本認められた程度である。契約家財については損傷は全くなかった。
(4) 原告高瀬契約分
契約建物の二階屋根は損傷したが、二階和室四・五畳に置いてあった整理ダンスは倒れず残っていた。もっとも、契約建物の一階部分は相当損傷した。
(二) 原告らの損害
原告らの各契約物件は本件火災によりすべて焼失し、原告らはそれぞれ、少なくとも各別表「請求金額」欄記載の金額に相当する損害(以下「本件損害」という。)を受けた。
(三) 損害発生の通知および被告の損害填補義務の発生
(1) 原告らは、被告に対し、それぞれ遅くとも平成七年二月一七日までには、本件火災によって本件損害が発生したことを通知し、右通知は被告に到達した。
(2) これにより、被告は、原告らに対し、右通知到達の日の翌日以降である同月一八日から相当期間経過した同年三月一九日までに別表「請求金額」欄記載のとおりの火災共済金を支払うべき義務を負担するに至った。
(四) よって、原告らは、被告に対し、本件契約に基づき、それぞれ各別表の「請求金額」欄に記載のとおりの各金員及びこれに対する平成七年三月二〇日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 被告の主張
(一) 本件地震により、神戸市内では多数の建物が倒壊し、建物内の家財も損壊したと推測され、本件火災現場は震度七ないし超震度七の地域に属しており、木造家屋の倒壊率は五〇パーセント以上であった。
本件火災現場でも、建物は多数倒壊した。原告新戸、同碓井、同太田、同鎌田、同河合、同小長谷、同近藤、同笹山、同高瀬、同松本、同南、同中、同吉川所有の各契約建物は、いずれも倒壊している。
そして、契約建物が倒壊した以上、その中に存在した契約家財も滅失したといえる。
したがって、右の原告らについての本件契約は、本件火災前に、契約物件の滅失により終了している。
(二) 原告ら請求の遅延損害金の割合について
被告は、消費生活協同組合法に基づいて設立された協同組合であり、商法上の商人にあたらない。また、本件契約の性質は共済契約であって、商法第三編第一〇章で規定されている保険ではない。したがって、いずれにせよ、被告の共済金債務に関する遅延損害金については、商法五一四条の適用はないから、民法所定の年五分の割合によるべきである。
第四 当裁判所の判断
一 争点1(本件免責条項の拘束力)について
1 証拠によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告の本件規約に基づく共済契約は、被告の組合員(組合員と同一の世帯に属する者を含む。)との間でのみ締結されるものであり、本件規約は、被告の定款と同様、被告と右共済契約関係に入った組合員すべての者に適用されるものである。(乙一、二)
(二) 原告らと被告との間の本件契約は、いずれも、「貴組合の定款及び共済事業規約の記載内容を了承し、上記の通り共済契約を申込みます。」と欄外に印刷された「火災共済契約申込書」(検乙四の二の様式のもの)に、住所氏名、共済目的物等の所定事項を記載して申込んで締結されたものであるところ、被告が火災共済契約を締結する場合には、① 火災共済契約申込書(控)、② 火災共済契約申込書(被告用)、③ 火災共済契約書兼領収書、④ 課税所得控除火災共済掛金証明書、⑤ 「ご契約にあたって」と題するしおりの五部が一組となった書式(検乙四の一ないし六)を用い、これを契約申込者に示し、右①ないし④の書類が作成され、共済掛金の支払がなされた後、右③、④、⑤の書類を契約者に交付する方法をとっていた。右①の書面には、「貴組合の定款及び共済事業規約の記載内容を了承し、上記のとおり共済契約の申込みをします。」と記載されており、また、右⑤のしおりには、「共済金をお支払いできない場合」の一つとして、「戦争その他の変乱または地震、噴火によって生じた損害の場合」の記載がされている。(検乙四の二ないし六及び弁論の全趣旨)
2 右認定事実によれば、原告らは、本件免責条項を含む本件規約の存在及びその内容を認識し、その本件規約による意思をもって本件契約を締結したものと推認される。
原告は、被告は本件契約の際に本件契約者に対して意図的に本件規約の存在を知らしめないようにした旨主張するが、本件規約の性質や、本件契約締結の際に作成された関係書類の記載内容等に照らし、被告が右原告ら主張のような対応をしたということは考えられないことというべきである。
原告らの本件免責条項の拘束力についての主張は採用できない。
二 争点2(本件免責条項の適用範囲〔本件免責条項の解釈〕)について
1 本件免責条項は、「原因が直接であると間接であるとを問わず」、「地震によって生じた火災」については共済金を支払わないとするものであり、右条項が適用される「火災」は、本件規約の定義規定(二条の二第一号)により、「人の意思に反し又は放火により発生し、人の意思に反して拡大する消火の必要のある燃焼現象であって、これを消火するために、消火施設又はこれと同程度の効果のあるものの利用を必要とする状態をいう。」とされていることは前述のとおりである。
右各規定の文言に照らせば、本件規約の「火災」の定義規定にいう「人の意思に反し又は放火により発生し、人の意思に反して拡大する……燃焼現象」というのは、火源が、人の意思に反し又は放火によって、着火物に「着火」し、人の意思に反して「拡大」する燃焼現象であって、火源から着火物に「着火」してそれが他の部分にも延焼拡大していく一連の燃焼現象を意味するものであり、したがって、右定義規定にいう「拡大する……燃焼現象」には、着火により生じた燃焼現象がその着火物において広がっていく場合(火元火災)だけでなく、その燃焼現象が他の着火物にも広がっていく場合(延焼火災)も含まれるものと解される。
そして、火災自体、通常の場合、「着火」と同時に、それによる燃焼現象が連続的に「拡大」し続ける自然現象であることは明らかであり、論理的にも、火元火災については、元になる「着火」が発生したこと、延焼火災についても、その元になる「着火」及びその延焼拡大である火元火災が発生したことが当然の前提となるのであるから、本件規約の「火災」の定義を前提とする限り、そこにいう「火災」は、「着火」及び「その延焼拡大」とが一連のものとして規定されている(定義規定の「……発生し、……拡大する……燃焼現象」というのは、まさにそのことを表している)と解釈するのが自然であって、「着火」及びそれが連続して「延焼拡大」した火元火災と、その火元火災がさらに連続して「延焼拡大」した延焼火災とが、それぞれ分離、区別されて規定されているものと解釈することは困難なところがある。
そうすると、本件規約にいう「火災」は、「人の意思に反し又は放火により発生し、かつ、人の意思に反して拡大する……(一連の)燃焼現象」をいうものと解釈することも十分可能であり、むしろその方が素直な解釈ともいえる。
そうであれば、本件免責条項は、地震によって生じた「人の意思に反し又は放火により発生し、かつ、人の意思に反して拡大する……(一連の)燃焼現象」による損害は免責されると規定していることになり、本件免責条項の「地震によって生じた」の文言は、火災の定義規定にいう、燃焼現象の「発生」(それは燃焼現象の開始である)にかかるものと解され、本件免責条項は、「着火」から連続して「延焼拡大」する一連の燃焼現象自体が地震によって発生するものであることを前提としていると解釈することができる。
したがって、本件免責条項が、① 地震によって発生した火元火災(第一類型)及び② 地震によって発生した火元火災が延焼した火災(第二類型)のほかに、③ (原因の如何を問わず)発生した火災が、地震によって延焼した火災(第三類型)をも適用の対象とするものかは、右定義規定及び本件免責条項の文言からは必ずしも明らかではなく、むしろ、本件免責条項が規定する「原因が直接であると間接であるとを問わず、地震……によって生じた火災」は、右の第一類型及び第二類型の火災を意味するものであって、右の第三類型の火災は含まないものと解釈することも十分に可能であるといえる。
2 ところで、一般に、共済事業は、保険事業に対比して、① 構成員が職域的、地域的に特定されていること、② 構成員が少数で共済金額も見舞金程度にとどまること、③ 募集組織を持たないこと、④ 収支均衡の原則、給付反対給付均等の原則が十分には貫かれていないこと、⑤ 構成員相互間が共同連帯の意識ないし情誼の念によって結ばれていることなどの特色を有するとされている。
この点、被告は、構成員が地域的に限定されてはいるものの、その定款では、六条一項により、神戸市に住所を有する者はすべて被告組合員となることができるとされており、地域以外の限定は全くなく、また、平成八年三月三一日現在、被告組合員は三九万七二四九人であって(乙一二)、構成員が少数であるとは到底いえないし、構成員相互間が一般市民以上の特別な共同連帯の意識や情誼の念によって結ばれているとも認められない。
そして、原告らの契約建物の共済金額のうち一〇〇〇万円以上のものは七件(原告新戸、同江部、同河合、同近藤、同清水、同丹羽、同中の各契約建物)もあるのであって、それらの金額は到底見舞金程度のものとはいえない。
また、被告は、火災共済事業の募集費として、平成四年度に七四三八万円余りを、平成五年度に七五五三万円余りを、平成六年度に六九七四万円余りを、平成七年度に六二一四万円余りをそれぞれ支出していることが認められ(乙八ないし一二)、このことから、被告は組織的に組合員を募集しているものと認められる。
そして、被告自身、収支が均衡していなければ被告の共済事業は成り立たない旨主張しているところ、この主張自体、「収支均衡の原則が十分には貫かれていない」という共済事業の特色から逸脱している。
さらに、消費生活協同組合法二六条の三は、組合が共済事業を行おうとするときは、規約で、共済事業の種類ごとに、その実施方法、共済契約並びに共済掛金及び責任準備金の額の算出方法に関する事項を定めなければならないとし、被告は本件規約二九条により異常危険準備金を含む責任準備金を積み立てるものとしているが(乙二)、この異常危険準備金は、損害保険会社が異常巨大な保険事故が生じた場合に普通の責任準備金をもってしては支払いえない事態に備えて積み立てるものと同じ性質のものであると認められる。
右の諸点に照らせば、被告の行う共済事業と損害保険業との間に特段の差異は見い出し難く、被告の行う共済事業は、損害保険業と同質的なものと認めるのが相当である。
そして、仮に被告主張のように、被告の単位共済掛金が損害保険会社による火災保険の掛金の約半額で、被告の平成六年度末の異常危険準備金が、本件地震により被告の火災共済契約組合員に発生した火災事故についての火災共済金の総額をはるかに下回るものであって、さらに被告が本件地震で何らかの被害を受けた組合員に対し、組合員互助の精神から被告主張の額の見舞金を支払ったとしても、それは被告がこれまで自らの運営にあたってそのような方法を講じていたというにすぎず、本件免責条項の適用範囲をいかに解すべきかという問題とは直結しないといわざるをえない。
3 ところで、損害保険会社の現行保険約款の地震免責条項は、「当会社は次に掲げる事由に因って生じた損害(これらの事由に因って発生した火災が延焼又は拡大して生じた損害及び発生原因の如何を問わず火災がこれらの事由に因って延焼又は拡大して生じた損害を含む。)をてん補する責めに任じない。」とし、その事由の一つとして「地震若しくは噴火又はこれらに因る津波」と規定するものであり(当裁判所に顕著である。)、「原因のいかんを問わず発生した火災」が地震によって延焼した場合にも損害保険会社が免責されることを、二義を許さない形で明確に規定している。
他方、旧保険約款の地震免責条項は、保険者が免責される地震による火災損害について、「原因が直接であると間接的であるとを問わず、地震……によって生じた火災及びその延焼その他の損害」というように規定していたが、これが、前記の第一類型と第二類型の火災のほかに、第三類型の火災をも含むものであるかにつき疑義があったため(東京地裁判決はこの点を指摘したものであった。)、昭和五〇年四月一日に、地震免責の範囲を広げるために現行保険約款のように改訂された経緯があった(弁論の全趣旨)。
しかし、被告の本件規約の共済金についての免責条項は、昭和三九年に本件免責条項のように改訂されてそれがそのまま現在まで維持されてきているものであるが(弁論の全趣旨)、延焼火災について、現行保険約款の地震免責条項のような一義的な規定とはなっていないといわざるをえない。
4 被告は、消費生活協同組合法に基づいて、組合員の生活の文化的経済的改善向上をはかることを目的として設立された組合である。そのような組合の性質上も、また、予期しない火災損害の発生に備えて、それが発生した場合の損害填補を期待して火災共済契約を締結する契約者の合理的な意思ないし期待に照らしても、本件規約のように定型的に内容を規定して火災共済契約を一律に規律している場合の契約条項の解釈にあたっては、組合員に不利な類推ないし拡張解釈はすべきではないというべきである。
地震の際に火災による損害が異常に拡大することが少なくないのは、地震が、火災の発生自体にとどまらず、発生した火災の延焼に関わることも多いためであるといわれていることは、被告主張のとおりである。
しかし、そうであるからといって、本件免責条項の規定文言を離れて、本件免責条項が当然に火災の延焼について被告主張のように規定しているものと解釈することはできない。被告主張の内容の地震免責条項を規定するのであれば、被告としてはそのように二義を許さない形で明確に規定すべきであったのであり、それが明確でないことによる不利益は共済事業者であり、本件規約作成者である被告が負うべきものと解するのが相当である。
したがって、右のように一義的でない本件規約の免責条項の内容については限定的に解釈すべきであり、本件免責条項が適用される火災には、発生原因不明の(地震によって生じたとはいえない)火災が、地震によって延焼した場合を含まないものと解するのが相当である。
5 そして、地震免責条項を有する損害保険契約については、地震免責条項に該当する事実の主張・立証責任は、それについての特段の定めがない限り、地震免責条項を有利に援用する保険者が負うべきものと解されるところ、被告の火災共済は損害保険である火災保険と同質のものと認められることは前述のとおりであり、本件規約には右特段の定めはない。また、本件規約は、一九条一項で「この組合は、この規約に従い、火災事故によって共済の目的について生じた損害に対して、損害共済金を支払う。」と規定し、二〇条一項で、本件免責条項を含む免責事由があるときは、被告は共済金を支払わない旨規定している。
右被告の火災共済の火災保険との同質性及び本件免責条項の規定の仕方に照らせば、本件免責条項の免責事由の主張・立証責任は、本件免責条項適用による法律効果を主張する被告にあるものと解するのが相当である。
三 争点3(本件免責条項による被告の免責の有無)について
1 証拠(甲一、一一、四四、乙三一、三三、三四、四二ないし四七、検乙五、証人田路)によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件地震当日、株式会社サンタの経営者である田路は、午前一〇時ころ、灘区の自宅から、妻の田路真巳子(以下「真巳子」という。)と二人でサンタシューズの状況を見に行ったが、サンタシューズは屋根がほとんど全部一階に崩落した状態で倒壊しており、その内部は、店の全部の商品や倒れた陳列台のガラスが散乱するなどして、完全に破壊された状態であった。そこで、田路と真巳子は一旦自宅に帰り、午前一一時ころ、スコップ等を用意し、高校生の長男を伴って再度サンタシューズに行った。
田路らがサンタシューズに到着したころは、既にサンタシューズの周辺では、被災者による後片づけや生き埋めになった人の救助などが始められ、また、り災者の見舞に訪れて来る人もあった。
サンタシューズの内部は別紙「サンタシューズ平面図」のとおりであるところ、田路ら三人は一旦西側シャッターの破れ目から店内に入ってみたが、中央付近まで進んで店内の状況を確認して再度サンタシューズの外に引き返した。
その後、田路と長男は、サンタシューズの倒壊建物内に入って、支払関書類等を取り出すなどの作業をし、その間、真巳子も、右倒壊建物内に入り、建物内の現金等を探すなどしていた。その際、右田路らは、タバコを吸ったりしなかった。
そうしているうち、真巳子は、近所の者の「火事や」と叫ぶ声を聞き、見ると、サンタシューズの倒壊建物内の子供運動靴の棚付近の真上にあたる屋根の部分から炎混じりの煙が立ち上っていた。真巳子は、危険を感じ、倒壊建物内にいた田路と長男に「火事だ」と言って避難するよう呼びかけ、全員避難した。
その時には、火の勢いはかなり強く、原告江部が自宅から消化器を二本持ち出して消火にあたったが消火できず、間もなくサンタシューズの店舗全体から炎が吹き出すような状態であった。
(二) 本件火災現場を含む神戸2ブロックについては、本件地震当日の午前一一時五〇分には、ガスの供給は完全に停止されていた。また、サンタシューズでは都市ガス等は一切使用しておらず、店内に都市ガスの配管はなかったし、プロパンガス等も使用していなかった。
サンタシューズ内には四基の石油ストーブが置いてあったが、それらはいずれも商品を置く台代わりに使用されていて、ストーブとしては使用されていなかった。
(三) 子供運動靴の棚付近にあったレジの付近には、サンタシューズの南側の壁に設置されていた配電盤が壁と一緒に倒れ込んでいた。
本件火災現場を含む地域への配電用変電所は甲南変電所であり、甲南変電所は、本件地震直後から送電停止となったが、当日の午前八時四五分から午前九時の間に復旧していた。甲南変電所の配電先は、配電線路が自動区分開閉装置の設置によって細かく分割されており、仮に配電先に事故が発生した場合でも、自動区分開閉装置が作動して、一旦送電は停止されるものの、自動的に事故区間を特定して健全な区間に再送電できるようになっていた。しかし、サンタシューズ所在ブロックの周辺では、倒壊した電柱が複数存在した(なお、甲南変電所と本件火災現場とは約八〇〇メートルほどの距離がある。)。
また、平成七年一月三一日に東灘消防署員が行った本件火災のり災者に対する現場聞込み調査において、複数のり災者が、本件火災発生時は停電中であったと回答した。
(四) なお、東灘区では、本件地震当日に発生した火災一七件のうち、地震発生直後の午前五時四六分から午前六時までの一四分間に、その半分以上の九件の火災が発生し、午前六時からの一時間に一件、午前七時からの一時間に一件、午前八時から午前八時五九分までの五九分間に三件の合計一四件の火災が発生し、それ以降に発生した火災は三件にすぎない。
2 そこで、右認定事実に基づいて、本件免責条項の適用の有無につき以下検討する。
(一) 火災が地震を直接の原因として生じた場合とは、例えば、建物内において火力を使用中に地震によって建物が倒壊して火災が発生したといった場合であると解される。
しかし、本件火災は本件地震発生から約八時間経過した平成七年一月一七日午後二時ころ発生しているのであり、そのような時間の経過に照らせば、本件火災が本件地震を直接の原因として生じたとは認め難い。
(二) 次に、火災が地震を間接的な原因として生じた場合とは、例えば、地震によりガス管が破壊されて異常なガス漏れが生じ、それに何らかの火が引火したとか(但し、第三者が意識的に放火した場合は除く。)、地震による建物の倒壊に伴って建物内の電気配線に異常が生じ、そこにその後の送電施設の復旧によって電気が通ることにより異常な発熱が生じて出火したといった場合であると解される。
しかし、本件火災現場には、本件火災発生の約二時間前から都市ガスの供給はなく、そもそもサンタシューズには都市ガス用の配管もプロパンガス等を使用するための機材もなかったのであるから、本件火災が、本件地震によるガス漏れを原因として発生したとは認められない。
また、前記認定事実によれば、本件火災発生当時、本件火災現場地域では、本件地震後から継続して停電状態にあったものと認められる。
被告は、甲南変電所の配電先である本件火災現場地域への送電について、自動区分開閉装置の作動により、甲南変電所が本件地震当日の午前八時四五分から午前九時の間に復旧した後は本件火災現場地域への送電が行われていた旨主張するが、前記認定のサンタシューズ所在ブロックの周辺における電柱の倒壊状況、本件火災り災住民の認識等に照らせば、本件火災発生当時サンタシューズに送電されていたとは認め難い(甲南変電所からサンタシューズに至るまでの間に、健全な配電線路が一つでも確保されていたということは、証明されていない。)。
したがって、サンタシューズ内の電気配線に異常が生じ、その後の通電によって本件火災が発生したと認めることもできない。
(三) 本件火災は、本件地震によって全壊した建物の内部から、本件地震発生の八時間後に発生しているが、前記認定事実(1(一))によれば、本件火災現場地域では本件火災発生前から既に人為的な活動がかなり活発に行われていたと認められ、さらに本件火災の発生状況をも考慮すれば、右本件火災の発生場所及び発生時期等から本件火災が本件地震によって発生したと推定することはできない。
被告は、本件地震のような大地震の場合、社会は混乱しており、その出火原因を究明することは事実上不可能であり、出火原因不明で地震による出火とは認められないとすれば地震免責条項は有名無実化するから、本件地震のような大地震の際に発生した火災は、特段の事由のない限り、事実上地震による火災と推定されなければならない旨主張する。
確かに、大地震が発生した場合には大きな社会的な混乱も生じるであろうから、本件地震のような大地震の際に発生した火災の原因を解明することには困難を伴うことが多いことが推測される。しかし、そのことを理由に、被告主張のように本件免責条項の適用についての立証責任を軽減するとすれば(被告の主張するところは、事実上右立証責任を契約者へ転換するものといえる。)、そのことによる不利益はそのまま本件契約者が負うことになる。火災原因の調査、解明については、個々の契約者に比べて事業者たる被告の方が圧倒的な能力を有していると考えられることからすれば、右被告の主張の不合理性は明らかというべきである。
被告の右主張は採用できない。
(四) 神戸大学室崎教授の報告(乙一八)及び神戸市消防局の調査結果(乙二一)によれば、本件地震後発生した火災のうち、原因の判明した火災のうち約半数が電気関係で、屋内配線に起因する電気火災も一三件あった旨の報告がされていることが認められるが、その内容はいずれ本件の具体的事実に即していない抽象的なものであり、右報告内容から本件火災の発生原因を本件地震によると推定することはできない。
(五) そして、他に、本件火災が本件地震によって間接的に生じたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、本件火災による後記原告らの損害については、本件免責条項の適用は認められないというべきである。
四 争点4(契約物件の本件火災前の消滅の有無、本件火災による原告らの損害の程度など)について
1 証拠(甲一、乙一三、一四、一五、一九、二三、三〇ないし三二、三四、三五、検乙五ないし七)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) (本件地震の震度等)
本件地震は、地殻の浅いところで発生した典型的な都市直下型内陸地震であり、気象庁はこれによる地面の揺れを神戸市において震度六と認定したが、その後の現地調査の結果、淡路島北部から神戸市、芦屋市、西宮市、宝塚市にかけて、幅一ないし二キロメートルの帯状の市街地を震度七と認定した。これは重力加速度四〇〇ガル以上の地震動で、家屋の倒壊が三〇パーセント以上に及び、山崩れ、地割れ、断層などを生じる地震動であるとされている。
そして、本件地震により神戸市において合計六万七四二一棟の建物が全壊し、五万五一四五棟の建物が半壊した。
(二) (東灘区の建物倒壊に関する被害状況)
本件地震により、本件火災現場を含む東灘区においては、合計一万三六八七棟の建物が全壊、五五三八棟の建物が半壊し、全半壊率は須磨区、長田区に次いで高い四三パーセントとされているが、本件火災現場である川井公園よりやや北側の魚崎北町五丁目周辺は、他の地域に比べて建物の倒壊が比較的軽微な地域とされている。そして、本件地震後、本件火災発生前に本件火災現場上空から撮影された航空写真(検乙五)によれば、本件火災現場周辺には、外観上目立った損傷の見られない建物も多数存在することが窺える。
(三) (各原告らの契約建物の本件地震による被害状況)
原告らの各契約建物の所在位置は別紙「建物配置図」のとおりであるところ、右各建物の本件地震による被害(本件火災発生当時の状態)は次のとおりであった。
(1) 原告江部(別表4)、同清水(別表12)、同丹羽(別表15)、同松本(別表16)及び同南(別表17)の各契約建物は、外観上明らかに損傷したと認められる部分は確認されず、建物の基幹部分は保持されていた。
(2) 原告新戸の契約建物(別表1、2の建物)は、いずれも屋根瓦がめくれ上がったが、建物の基幹部分は保持されていた。
(3) 原告碓井の契約建物(別表3)は、別紙「碓井建物の構造」のとおりの構造のものであったところ、一階応接間が倒壊し、二階物干し場もその真下にあった一階台所及び土間に落下し、建物としての基幹部分は保持されていたものの、その価値が少なくとも半減する程度の損傷が生じた。(甲B三)
(4) 原告太田の契約建物(別表5、6)は、いずれも全壊状態となった。(甲D二、乙四二)
(5) 原告鎌田の契約建物(別表7)は、外壁の一部に亀裂が生じたが、建物の基幹部分は保持されていた。(甲E三)
(6) 原告河合の契約建物(別表8)は、屋根の一部(四分の一程度)に瓦がめくれる損傷が生じたが、その他の部分には外観上損傷は確認されず、建物の基幹部分は保持されていた。
(7) 原告小長谷(別表9)の契約建物は、別紙「小長谷建物の構造」のとおりの構造のものであったが、二階部分が一階に崩れ落ち、わずかに一階北東にあったリビング兼台所部分が残った状態であり、建物としては価値がない状態に損壊した。(甲G三号証)
(8) 原告近藤の契約建物(別表(10))は、ほとんど価値のない状態に損壊した。
(9) 原告笹山の契約建物(別表(11))は、倒壊し、全壊状態となった。
(10) 原告高瀬の契約建物(別表13)及び契約家財収容建物(別表14)は、いずれもほぼ全壊状態となった。なお、原告高瀬は、倒壊した契約建物に閉じこめられ、近所の者に救出された(甲K三、乙三七、証人田路)
(11) 原告中の契約建物(別表18の建物)は、ほとんど建物としての価値がない状態に損壊した。
(12) 原告吉川の契約建物(別表19の建物)は、ほとんど建物としての価値がない状態に損壊した。
2 ところで、原告らの各契約建物所在地域における本件地震の震動が激甚なものであったことを考慮すると、建物の基幹部分が保持された建物といえども多少なりとも損傷の被害を受け、その建物収容家財も、建物の損傷被害の程度に応じて損傷被害が生じたものと推認される。
他方、契約建物が全壊状態となった場合には、その建物の損壊状態からみて、その建物に収用されていた契約家財の価値はもはや残存していないものと推認するのが相当である(なお、右の契約関係については、契約物件の消滅により、本件火災発生前に本件契約は終了している。)。
なお、本件契約の各契約締結時期及び共済金額に照らせば、本件地震による被害発生前の原告らの各契約建物及び契約家財は、本件契約に係る各共済金額を下らない評価額のものであったと推認される。
これらの点に右1認定の事実を合わせ考慮すれば、本件火災発生当時の原告らの各契約物件の評価額は次のとおりであり、その評価額が残存する契約物件に係る契約者である原告らは、本件火災によりその各契約物件につき、以下の残存評価額相当の損害を被ったものと認めるのが相当である。
(一) 原告江部(別表4)、同清水(別表12)、同丹羽(別表15)、同松本(別表16)及び同南(別表17)の各契約物件については、契約建物につき各共済金額の八〇パーセントの価額、契約家財につき各共済金額の六〇パーセントの価額(それらの額は、別紙共済金額及び認定額一覧表〔以下「一覧表」という。〕の右原告らの各「認定額」欄記載のとおり)。
(二) 原告新戸の契約物件(別表1、2)については、契約建物につき各共済金額の六〇パーセントの価額、契約家財につき各共済金額の四〇パーセントの価額(それらの額は、一覧表の右原告の「認定額」欄記載のとおり)。
(三) 原告碓井の契約物件(別表3)については、契約建物につき共済金額の三分の一の価額、契約家財につき共済金額の二〇パーセントの価額(それらの額は、一覧表の右原告の「認定額」欄記載のとおり)。
(四) 原告鎌田(別表7)の契約物件については、契約建物につき、共済金額の六〇パーセントの額、契約家財につき各共済金額の四〇パーセントの価格(それらの額は、一覧表の右原告の「認定額」欄記載のとおり)
(五) 原告河合(別表8)の契約物件については、契約建物につき、共済金額の六〇パーセントの額、契約家財につき各共済金額の四〇パーセントの額(それらの額は、一覧表の右原告の「認定額」欄記載のとおり)
(六) 原告太田(別表5、6)、同小長谷(別表9)、同高瀬(別表13、14)、同笹山(別表(11))、同吉川(別表19)、同近藤(別表10)及び同中(別表18)の各契約物件についての損害はない(そもそも本件火災発生前の本件地震により滅失し、本件契約は終了している。)。
3 右以外の契約物件についての本件火災による損害発生の事実を認めるに足りる証拠はない。
4 証拠(甲一、三二号)及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、平成七年四月二日に魚崎北町復興委員会を結成し、同月一一日には被告の総務部次長と事業部共済課長が右復興委員会委員長である原告新戸の自宅を訪れ、本件共済金の支払について交渉をしたことが認められる。
右事実によれば、原告らは、遅くとも平成七年四月一一日までには、被告に対し、本件火災によって本件契約に係る損害が発生したことをそれぞれ通知したものと推認できる(原告らは、被告に対し、それぞれ遅くとも平成七年二月一七日までには、本件火災によって本件損害が発生したことを通知した旨主張するが、その事実を認めるに足りる証拠はない。)。
そうすると、本件規約二三条三項により、被告は、右各通知の日の翌日から三〇日後である平成七年五月一二日から、本件共済金支払について遅滞の責めを負うと解すべきである。
5 原告らは、本件共済金請求の附帯請求として、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるが、共済契約そのものは商法上の絶対的商行為に該当するものではないし、営業的商行為とされる「保険」とはあくまで営利保険を引き受ける契約をいうものであるところ、被告の火災共済事業は営利目的のものではない(被告は法律上営利を目的として事業を行ってはならないとされている〔消費生活協同組合法九条〕)から、原告らと被告との間の共済契約(本件契約)は法律上は右「保険」ではないと解され、したがって、被告を商人ということはできず、原告らが商人であることの主張、立証もないから、本件共済契約を附属的商行為とみることもできない。
そして、本件共済金に係る遅延損害金の割合につき右原告らと被告との間で年六分とする合意がなされた事実も認められないから、右遅延損害金については民法所定の年五分の割合によるべきである。
第五 結語
以上の次第で、その余の点について検討するまでもなく、原告らの本件請求は、主文第一項の限度で理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条、六五条を適用し、仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官竹中省吾 裁判官永田眞理 裁判官鳥飼晃嗣)
別紙別表一〜一九<省略>
別紙建物配置図<省略>
別紙サンタシューズ平面図<省略>
別紙碓井建物の構造<省略>
別紙小長谷建物の構造<省略>
別紙共済金額及び認定額一覧表<省略>